—————— ツライコトハ ミタクナイ カナシイコトハ ミタクナイ ——————
—————— ミナケレバ ツラクナンカイ ミナケレバ カナシクナンカナイ ——————
停泊中のエインセルの船側に腰掛け、傍から見れば、彼女はボンヤリと空を眺めていた。
ただ、傍から見ればそう見えるだけで、彼女、リィズレット・ミラーは同年代の者達に比べ、5歳分は退行しているかも知れないその思考力で、精一杯考えていた。
「・・・・・ティース、ションボリデース。」
スパの帰りにすれ違った、一組のカップル。
リィズは、女子生徒が、男子生徒を「捕獲」しているのを見た。
そして、二人とも楽しそうに見えた。
その時、師匠の「大事なものは肌身離さず持っていろ」との言葉を思い出した。
だから、考えた。
マジ狩ルフレンドリーで捕獲は「めー」だから。
ティースに、もっともっと笑って欲しかったから。
もっと一杯、楽しくしてあげたかったから。
だから、あの二人と同じ様に捕獲すれば、きっと楽しく笑わせてあげられる。
ティースは大好きな友達だから。
一杯、一杯フレンドリーだから。
後日、ティースを見つけたリィズは、意気揚々とそれを実行した。
ティースが、一杯の笑顔になるのを楽しみにしながら。
けれど、返ってきた言葉は・・・
『……リィズさん、これはもっとやかも……』
そう言われ、しょんぼりされてしまった。
「・・・オーウ。」
何がいけなかったのか?
弱いおつむを必死に駆使して、思考をグルグルグルグルまわす。
けれど、どうしてしょんぼりされてしまったのか、まるで解らない。
スパでティースは、自分が好きだと言ってくれた。
つまり、一杯、一杯フレンドリー。大好きな友達同士。
でも、ティースは笑ってくれなかった。
何故?何故?どうして?どうして?
空を見上げながら、小首を傾げて考える。
マジ狩ルフレンドリーは「めー」だ。
でも、スパで捕まえあったから、捕獲はきっと「めー」じゃない。
じゃあ何故、あれはもっと嫌?
どうすれば、ティースは笑ってくれる?
もっと一杯、喜んでくれる?
そして、不意に、閃くフラッシュバック。
『きゃーーーーーvVvV りゅーーーーかーーーーーさーーーーーんーーーーvVvV』
脳裏に映る、今までで一番嬉しそうな、ティースの姿。
「・・・オーウ?」
自分と一緒に居た時のティースは、あんなに嬉しそうに、そして楽しそうにしていただろうか?
思い出す。思い出す。一生懸命、思い出す。
思考力が同年代者の5歳分退行疑惑のリィズでも、記憶力は人並みにある。
思い出す。思い出す。とにかく必死に思い出す。
初めて会った日から、ティースと一緒に居た時間の記憶を、記憶の押入れや引き出しを散らかす勢いで思い出す。
結論、答えはNO。
「・・・・。」
無言のまま、その結論を前に考える。
ティースは、あんな感じの娘だと喜ぶ?
リュカと同じになれば、ティースは喜んでくれる??
今度はしょんぼりじゃなく、一杯一杯、笑ってくれる???
それは解らないけれど、取り合えず、自分と彼女の相違点を考えてみる。
微妙に違うけれど、髪の色は同じ。
でも、髪型が違う。
ならばと、髪を結い上げているリボンを解いてみる。
ハラリと髪が広がり落ちる。
背の中程まで、癖なく真っ直ぐに伸びた髪。
でも、彼女程には長くはない。
腰掛けていた船側から立ち上がり、自分の体を見下ろしてみる。
体形も、全然違う。
思い出せる限りだと、スラリとした感じの娘だった。
線も細い感じがした。
対して自分は?
別に太ってはいない筈だけれど、彼女の様にスラリとしていない。
筋肉質と言うわけでは無いけれど、全然、線は細くない。
実際的には、リィズはスタイルの良し悪しで言えば、良い部類だろう。
生れ付きの素養とヴォルセルクとしての身体的な鍛錬等から、適度にメリハリがあって、バランスが取れている。
けれど、人によっては同性が妬みの視線をぶつけそうなスタイルも、「相手との対比」と言う思考の前では無意味でしかなくて。
「オーウ・・・。」
海面を走る海風が、一際強く吹き抜け、リィズを撫でて通り過ぎた。
その風を受け、おろした髪が舞い広がり、陽光を反射しながら同じ色にキラキラと光る。
片手で、乱れた髪を整えながら考える。
何か違う。
よく解らないけれど、そうじゃない。
ティースがあんなに嬉しそうだったのは、そう言う理由じゃない気がする。
でも、本当にそう?
ティースが嬉しそうだったのは、そう言う理由じゃない?
もし、本当はそうだとしたら・・・
自分では、ティースをあんな風に喜ばせてあげられない・・・?
もっと一杯、一杯、笑わせてあげられない?
自分では・・・ティースに・・・・・・
胸が締め付けられる。
心が・・・
痛い・・・
頬を、冷たい何かが伝う。
同時に、心の何処かで、リィズに聞こえない、リィズの声が呟く。
—————— ツライコトハ ミタクナイ カナシイコトハ ミタクナイ ——————
—————— ミナケレバ ツラクナンカイ ミナケレバ カナシクナンカナイ ——————
「オーウ??」
目元の涙を拭いながら、リィズが首を傾げる。
「リィズ、悲シクナイデース、目ニゴミモ、入ッテマセーンヨ??」
今感じた筈の悲しみと切なさは、心と記憶から全て消えうせていた。
まるで、最初からそんな事実はなかったかの様に・・・。
そして、何故、涙が零れているのか解らず、ひたすら首を傾げて頭上に「?」マークを浮かべるリィズの耳に、どこかで聞いたような声が聞こえる。
”・・・な、なあ?だから、引っ付き過ぎじゃないか?嬉しいんだけどさ?いや、嬉しいんだけどさ?”
”ダ~メ!もう離してなんかあげないって、言った筈でしょ?”
声のした方向を見ると、丁度、リィズと反対の舷側に、一組のカップルが居た。
舷側に並べられた小樽の一つに、男が腰掛けている。
その背後から、女が男の首に腕を回して、その背にもたれ掛かっていた。
男は、顔を真っ赤にしながらも、幸せそうな顔で女と話続けている。
その背にもたれる女は、それこそ幸せ満開の笑顔で、男に笑いかけていた。
「・・・・・。」
暫し無言で、その二人を眺めた後、リィズの頭の中で、独特の音楽が流れる。
”ポクポクポクポク・・・・チーン!”
ポンッと手を打ち、リィズが頷く。
確か、師匠が言っていた。「押して駄目なら、引いてみろ。」と。
と言うことは、ティースの腕、つまり側面が嫌なら、ティースの背、即ち、背面をにすれば、OK!ノープロブレム!
その思考は、明後日どころか、根本からして間違っているのだが、同年代者の五歳分は退後疑惑のリィズの思考力では、それに気づける筈もなく・・・。
「~♪♪」
次の捕獲方法、即ち、新たなフレンドリーの方法を発見したリィズは、鼻歌交じりの軽やかな足取りで、キャンプへと戻って行った。
そして心の何処かで、リィズには聞こえない、リィズの声が呟く。
—————— ツライコトハ ミタクナイ カナシイコトハ ミタクナイ ——————
——————ミナケレバ ツラクナンカイ ミナケレバ カナシクナンカナイ ——————
—————— ダッテ ツラクナケレバ カナシクナケレバ ——————
—————— ワタシハ イツダッテ ワラッテイラレルモノ ——————
END
はい、どこぞのボケボケ娘のSS、まさかのシリーズ化です。